ジャマイカ滞在レポート 2007年12月5日
執筆者 早稲田大学政治経済学部経済学科3年長田幸洋
本記事は2007年9月6日~16日、早稲田大学学生の長田幸洋(おさだゆきひろ・22歳・神奈川県出身)と
郭晃彰(かくてるあき・19歳・神奈川県出身)がジャマイカを支援する会のサポートを受けてジャマイカに渡航した際の報告です。
僕たちがジャマイカに渡航した理由は、第1に、支援する会の物資をキングストンのボーイズホームと西インド大学内の暴力防止クリニックに届けること、第2にグローバリゼーションがジャマイカに及ぼす影響を取材し、それを11月に東京で行われた2つのイベントに
還元することでした。
本記事は全4部構成となっており、1部では『レゲエバリゼーション』の始まり、2部ではジャマイカ現地滞在記、
3部では早稲田祭2007企画『One Love Café』、4部では吉祥寺レゲエ祭『Irie Ai』内で行った
『レゲエバリゼーションvol.2』についての報告です。
1.『レゲエバリゼーション』の始まり
2006年11月3日、僕たち長田幸洋と郭晃彰は早稲田大学公認イベント企画サークルqoon(クーン)の一企画として、
早稲田大学の学園祭にて『レゲエバリゼーション』というイベントを行いました。
そもそもジャマイカという国、そしてレゲエという音楽に興味を持ったのも、全ては一本の映画『ジャマイカ 楽園の真実』との衝撃的な出会いが始まりでした。映画に描かれるジャマイカは、カリブ海の綺麗な海とレゲエの明るいビートなど「楽園」としてのイメージの裏で、国際金融機関や先進国による莫大な債務と、グローバリゼーションによる自由貿易の波に飲まれ、貧困と失業が蔓延し、経済的自立を阻まれている、まるで「地獄」のような状況が描かれていました。
長田と郭は、学年や学部は違えど、共に社会問題をエンターテイメントに乗せて発信するサークルに身を置き、特に社会的マイノリティ、第三世界の貧困、HIV/AIDS問題などに関心を寄せていました。同時に自分達に出来ることの限界を感じ、無力感に苛まれているところも共通していました。そこで2人が出会ったのが、『楽園の真実』だったわけです。
この映画をヒントに『レゲエバリゼーション』は誕生しました。レゲエバリゼーションとは以下の趣旨です。「グローバリゼーションの進展により、富める国と貧しい国の格差が拡大している。富める国に身を置く僕達がなすべきことは、貧困に苦しむ当事者の声をもっと聞くことではないでしょうか。しかしそれは通常困難です。なぜなら当事者の声は、グローバルな社会が描く壮大なドラマの下で往々にしてかき消されてしまうからです。そんな中、日本の裏側に位置するジャマイカは例外です。なぜなら彼らジャマイカ人の声-生活の喜びだけでなく、苦しみ、怒り、憎悪すべて-は、レゲエという洗練されたビートと歌詞に乗せて届いているからです。経済のグローバリゼーションが止まらなくとも、それによって苦しむ者の声、すなわちレゲエのグローバリゼーション=レゲエバリゼーションが必要です。」
このような想いを綴った一枚の企画書を持って出会ったのが、「ジャマイカを支援する会」の平松さんでした。平松さんに会いに青春18切符を手に姫路まで会いにいったことは今でも鮮明に思い出されます。平松さんからは、現地滞在の経験から、ジャマイカという国が抱える様々な問題点、特にシングルマザーの増加やモラル低下、孤児院の多さと子ども達の愛情の飢えなどを語って頂き、企画のアドバイスと励ましを頂きました。
その後、平松さんだけでなく、写真家で「One love Charity」代表の山下純司さんなどの協力を得て、準備に準備を重ねて行ったのが、冒頭にも書いた早稲田祭でのイベント『レゲエバリゼーション』です。これは、大学内で最大級の大きさの教室を巨大なクラブに見立て、サウンドシステムを組み、レゲエダンサー「KIYO from Love
Milk」、レゲエシンガー「Rickie-G」と、「Macka Ruffin」の3人による全90分のライブ&トークイベントを行いまいした。500名もの来場者を確保し、先のレゲエバリゼーションのメッセージを発信することが出来たあの日の感動は、決して忘れることはないでしょう。
2.ジャマイカ現地滞在記
上記のようにしてはじまった『レゲエバリゼーション』ですが、一回限りのものではなく今後も何らかの形で継続させようと、長田と郭はサークルの枠組みを超えて個人的な取り組みとして2007年をスタートさせました。というのも、昨年の取り組みが決して満足の行く内容ではなかったからです。その最大の理由が、自分達が「生のジャマイカを見ていない」ということです。「経済のグローバル化よりも、弱者の声のグローバル化を」という非常に強いメッセージを有するイベントにも関わらず、そこで伝えるべき情報のソースが自分でなく他人を通して得たものでしかない。ここに最大の脆弱性があったわけです。
長田はNGO団体でハンセン病回復村を訪問しに中国へ、郭も別のNGO団体でエイズ孤児の支援にケニアに滞在した経験を持ちます。問題が存在する場所に足を運び、自分の目と手を使って人と会って当事者と話をし、その上で人に物事を伝えることの大切さ。これを知っていたからこそ、レゲエバリゼーションを今後も継続させるのであれば、何よりもまず、ジャマイカに足を運ばなければならないと強く感じました。
そういう背景があり、僕達は今年の夏にジャマイカに飛ぶ決意をしたのです。飛行機に揺られること約丸1日。ダラス、マイアミを経由しキングストンのノーマン・マーレー国際空港に降り立ったのは9月6日午後18時過ぎ。全10日間の滞在で、最初の7日間をキングストンで、後半3日間をモンテゴベイで過ごしました。
ジャマイカ滞在の目的は「グローバリゼーションがジャマイカに与える悪影響を取材すること」でした。従って足を運ぶべきは、ゲットーの危険な地域や孤児院などジャマイカの暗部を映す、いわゆるガイドブックには載らない危かつ特殊な場所ばかりでした。しかも滞在した9月は通常よりも更に治安が悪化する選挙後の時期です。何よりも悪いのは、長田と郭の英語力のなさでした。この危機的状況の中、平松さんをはじめとする「ジャマイカを支援する会」の皆さんのご協力を頂きました。おもちゃなどの物資を届ける仕事を任命して貰い、キングストンのボーイズホームと西インド大学の暴力防止クリニックを訪問することができました。また現地でアンジェラさんという大変優しくて粋なおば様や、写真家の森さんを紹介して貰い、キングストンのゲットーやダウンタウンなどを取材することができました。この場を借りて平松さんをはじめとする皆様に感謝申し上げます。
現地で感じたことは、今まで本やネット上で目にしてきたどんな情報よりもリアルに感じられるものばかりでした。日本の10分の1程度の収入にも関わらず日本と同程度の異様な高物価。スーパーマーケットに並ぶ綺麗な「Made in USA」産の食品と、雑草が跋扈し荒廃する田園。ベンツなどの高級車を乗り回す経営者やドラッグバイヤーと、数十年前の型落ちしたぼろぼろの日本車を乗り回すタクシードライバー。一見幸せそうに見えるボーイズホームの子ども達の笑顔と、虐待を受ける子どもの増加。先進国と変わらない豪華絢爛なビルやホテル群と、道一本挟めば水道もろくに通っていないゲットーの厳しい暮らし。「YOKOHAMA」行きと書かれた樽を積み重ねるブルーマウンテンコーヒー工場で、低賃金で叩かれる大量の女性労働働者。金持ちと貧乏人、持つものと持たざる者、強力な外国資本と弱小のジャマイカ資本…まるで「好き」か「嫌い」か、「白」か「黒」かはっきり物事を決めるジャマイカ人の気質と同調するかのように、この国は全てが極端で、格差というよりは「超」格差社会と呼ぶにふさわしい状況がそこには確かに存在しました。
これら状況の全てを、「グローバリゼーション」という言葉一つによって説明するのは賢明ではないでしょう。政府の経済運営の失敗や、ジャマイカ人の労働意欲の低さ、ハリケーンの定期的な襲来など、他にも原因を様々な要因が複合的に絡みあっているに違いありません。ただ、先進国がジャマイカに課している「債務」がジャマイカの経済発展の足かせになっていること、そして自由貿易や金融のグローバル化など、格差を拡大させることはあっても縮小する動きとして働いていないことは確かです。
ジャマイカで見たことは、何も暗い面ばかりではありません。レゲエが人々の生活にどれほど密着しているのか、音楽を愛するのかは日本とは到底比較にならないレベルです。人々は陽気で常に音楽を口ずさむ。昼間はあちこちIrie FM(ラジオ)が流れ、夜は毎日どこかしらでダンスイベントが行われている。騒音などという言葉は彼らには存在しない。街中あちこちでサウンドシステムが積まれ
爆音のレゲエが流れている。貧しいゲットーでは、兄貴分のDJが若手DJ面倒を見ながら自家製でスタジオを開設している。レゲエは大衆音楽といわれるが、まさに、その通りです。ジャマイカに住む全ての人々の生活の喜び・怒り・哀しみ・楽しみすべて凝縮されているのがレゲエで、様々な問題や不満や矛盾を権力を持つ者=バビロンに対し訴えていくのもレゲエで、苦しい生活の中でも人々を勇気付け・励ましていくのもレゲエなのです。
ジャマイカの抱える予想以上のヘビーな問題。そして其処から生まれたレゲエの力と重み。これを日本に持ち帰り、一人でも多くの人に広めるのが『レゲエバリゼーション』の使命ではないだろうか。そう決意を新たにし、僕達はジャマイカを後にしました。
去る11月4日(日)の早稲田祭2日目に、『One Love Café』というチャリティイベントを主催しました。この企画は、ジャマイカ産のブルーマウンテンコーヒーとレゲエライブを無料で楽しんでもらい、来場者からチャリティを募るものでした。
配布したブルーマウンテンコーヒーは、今年の夏休みにワンラブチャリティのメンバーである長田と郭がジャマイカに渡航した際、実際にブルーマウンテンの工場まで出向いて買い付けてきたものです。
レゲエライブのゲストは吉祥寺を中心に活躍するルーツレゲエシンガー「弁才天 with JA LIV BAND」さんです。ライブ中は、自分たちがジャマイカで撮影してきた写真に、ジャマイカの抱える様々な問題点(貧富の格差・ゲットーの様子、孤児院、環境破壊など)のメッセージを込めたプログラム『レゲエバリゼーション』の上映も行いました。お客さんには、ブルーマウンテンの芳醇な香りと、弁才天さんのソウルフルな歌声に酔いしれてもらいながら、ジャマイカのダークな側面にも思いを巡らせ頂きました。ジャマイカのことを何も知らずにふと立ち寄ったお客さんにも「真実の」ジャマイカを知らせる、いいきっかけ作りができたのでないかと思います。
4.吉祥寺レゲエ祭『Irie Ai』と『レゲエバリゼーションvol.2』
11月10日は吉祥寺レゲエ祭『Irie Ai』でした。去年はお手伝い程度でしたが、今年は実行委員会メンバー兼アーティストとして参加。『レゲエバリゼーションvol.2』を企画・製作し30分間のプログラムを担当しました。
『レゲエバリゼーション』とはレゲエミュージック+グローバリゼーションの造語です。グローバリゼーションが進展し、富める国と貧しい国の差は拡大し、先進国のグローバルな企業が描く壮大なドラマの裏で、貧しい国の人の声はかき消されている。カリブ海に浮かぶ小さな島国・そしてレゲエの発祥地ジャマイカもグローバリゼーションの波に取り込まれ、債務と自由競争に「負けた」国のひとつ。 レゲエの明るいビートの裏には、ゲットーと呼ばれるスラム街の厳しい生活-貧困・失業・暴力・ドラッグ・孤児など-が全て反映されている。 通常なら書き消されてしまう第三世界の人々の声も、レゲエの洗練されたリリック(歌詞)とリディム(音楽)に載せて地球の裏側の日本まで届いてくる。今経済のグローバル化よりも進めるものがある。弱者の代弁としての声、ひいては第三世界の代弁としての声のレゲエのグローバル化を。それが『レゲエバリゼーション』です。
去年qoonの一企画として早稲田祭で始めて行った取り組みは、そこから繋がった、吉祥寺レゲエ祭の主催者であるレゲエシンガー弁才天さんとオーガナイザーの矢口さんに理解と共感をもらい、今年はqoonの枠組みを越えて、長田と郭の個人的取り組みとして吉祥寺レゲエ祭の一プログラムとしてvol.2を行うことが決まったのです。
去年は、今人気のレゲエシンガー「Rickie-G」にレゲエとグローバリゼーションの関係を曲間のMCで語ってもらうスタイルを取りましたが、今年は大学の先輩で、都内の現場で信頼の厚いサウンド「RAW QUALITY」から「DJ Madnaxx」さんと組んで曲のセレクトとMCを担当してもらいました。
更に今年の夏・生のジャマイカを体感しに、実際に2週間程ジャマイカに渡航。首都キングストンを中心にゲットーや孤児院、ダンスの現場やスタジオなどを取材し、写真や映像をおさめてきました。
今回の『レゲエバリゼーションvol.2』では、写真とメッセージの入ったスライドをプロジェクターで上映。それに合わせて「DJ Madnaxx」がセレクトしたコンシャスなチューンとMCを挟んでいくという、新たなダンススタイルを提唱しました。
事前の打ち合わせ不足からややスライドが混乱した場面もありましたが、沢山のお客さんに観てもらい、沢山の人から「よかった」と声をかけてもらいました。
mixiの新着日記で吉祥寺レゲエ祭を調べたら、レゲバリについて書いてくれてる人いました。いくつか紹介します。
「ジャマイカの国について考えさせられた。音楽もよかった。
あんな環境の中で平和とか家族愛を大事にしよう。というレゲエが生まれたことに脱帽です。」
「今のジャマイカの状況やコンシャスなメッセージのチューンでそこらのDJよりイケてました。」
来年以降もこの取り組みは続けていきたいと思いました。より内容をグレードアップさせ、多くの人に『レゲエバリゼーション』の感動を伝えていきたいと思います。
以上で全4部を終了します。長文にも関わらずご一読頂きありがとうございました。